水戸地方裁判所 昭和49年(ワ)220号 判決 1976年3月31日
原告
関口信
右訴訟代理人
黒沢克
外一名
被告
小貫武文
被告
中川直枝
被告
柏村幸枝
被告
小貫郁枝
被告ら訴訟代理人
芦田直衛
主文
被告らは原告に対し、別紙物件目録(一)記載の建物を収去して同目録(二)記載の土地を明渡し、かつ金二二万一、八八〇円および昭和四九年七月一日より右明渡ずみまで一ケ月金二、五八〇円の割合による金員の支払をせよ。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は被告らの負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、主文一、三項同旨ならびに、「被告らは原告に対し、連帯して、金二〇万円およびこれに対する本訴状送達の日の翌日より完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。」との判決および仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、
一、(建物収去土地明渡等請求)
1、(一) 原告はその所有する別紙物件目録(二)記載の土地(以下本件土地という)を普通建物所有の目的で、被告らの父訴外亡小貫三郎に対し、昭和二二年五月一日、期間は同日より昭和四二年四月三〇日までの二〇年間、賃料一ケ月金五四円六〇銭で月末払、付近の地所の借地料が謄貴した時は右期間内でも借地料の増額に異議を述べないこと(右条項にもとづき本件土地の賃料は右期間中に一ケ月金二、五八〇円に改定された)、などの約定で賃貸した(以下本件借地契約という)。
(二) そして亡三郎は本件土地上に別紙物件目録(一)記載の建物(以下本件建物という)を建てて居住していたところ、借地期間満了後も本件土地の明渡しをしないまま昭和四三年一月二四日死亡し、相続人である被告ら四名が法定相続分に応じ本件土地・建物に対する亡三郎の権利義務を共同して承継したのであるが、被告らは本件建物を収去して本件土地を明渡すことをしない。
(三) よつて、亡三郎の本件土地に対する賃借権(以下本件借地権という)は昭和四二年四月三〇日の期間満了時をもつて消滅したから、被告らは原告に対し本件建物を収去して本件土地を明渡し、かつ昭和四二年五月一日より昭和四九年六月三〇日まで八六ケ月分の賃料相当の損害金二二万一、八八〇円(一ケ月金二、五八〇円)および同年七月一日より右明渡ずみに至るまでの賃料相当の損害金(一ケ月につき金二、五八〇円)を支払うべき義務がある。
2、仮に右主張が理由ないとしても、
(一) 被告らは昭和四二年六月末、同年五月分の賃料を持参し、その後は賃料を送金してきたが、その都度原告が賃料の受取りを拒絶したところ、昭和四三年六月七日に被告武文から昭和四二年五月より昭和四三年六月までの一三ケ月分の賃料として金三万三、五四〇円が送金されてきたので原告が返送したところ被告武文は同年七月六日右相当額を供託するに至つたが、その後被告らは原告に対し賃料の支払・提供・供託をしないまま今日に至つている。
(二) ところで、本件借地契約には借主において契約に違反した時は貸主において何らの手続を要することなく契約が解除されたものとする約定が存している(甲第三号証地所賃借証書七項)。
(三) 仮に右約定が認められないとしても、被告らの長期に亘る右賃料不払は賃貸借の継続を期待しえない著しい背信行為であるので、原告はまず昭和四四年一一月一三日付賃貸借土地明渡申入書と題する内容証明郵便(同年一一月一四日到達)をもつて被告らに対し本件借地契約解除の意思表示をなし、つぎに被告らを相手として昭和四六年五月一八日ごろ水戸簡易裁判所に建物収去土地明渡の調停申立をなしているので、右申立をもつて原告は解除の意思表示をした(右調停の申立は本件借地契約の存続と相容れない意思表示を含むから、本件借地契約について解除の意思表示をしたものと解しうる)。
(四) 以上によれば、本件借地契約は右約定により当然終了しあるいは右解除により、昭和四四年一一月一四日に、仮にそうでなくても、少くとも昭和四六年五月一八日ごろに終了しているから、被告らは原告に対し、前記1、(三)と同様の明渡義務および支払義務(但し、本請求においては、契約終了時以前の支払義務は賃料が原因となる)がある。
二、(被告らの不当抗争に対する損害賠償請求)
1、原告は被告らから本件土地明渡の任意の履行を受けられないため、やむなく昭和四六年五月水戸簡易裁判所に被告らを相手方として建物収去土地明渡調停申立なし、右申立は水戸簡易裁判所昭和四六年(ユ)第二一号建物収去等請求調停事件として係属したが、被告ら不出頭のため調停不調となつた。右のごとき被告らの態度は不当な利益を得るために争権の自由を濫用して専ら争わんがための争いをなすといつた無反省無誠意な態度で公序良俗に反する違法行為である。
2、原告は被告らの右違法行為により本件土地明渡等請求訴訟を余儀なくされ、右訴訟の提起ならびに追行を本件原告訴訟代理人に委任し、よつて同人に着手金および実費として金一〇万円を支払い、報酬として成功利益の一割を支払わねばならないことになつているので、原告は被告らの右違法行為の結果右相当額の損害を蒙つたといえるから被告らは右損害を賠償すべき責任があるところ、原告はとりあえず右損害中金二〇万円を本訴において請求する。
三、よつて、原告は被告らに対し、本件借地契約終了にもとづき本件建物を収去して本件土地を明渡し、かつ昭和四二年五月一日より昭和四九年六月三〇日まで八六ケ月分の賃料(一ケ月金二、五八〇円)相当の損害金(但し、予備的請求においては契約終了時以前の分は賃料)合計金二二万一、八八〇円および同年七月一日より右明渡ずみに至るまで右賃料相当の損害金ならびに前記不法行為による損害金二〇万円およびこれに対する本訴状送達の日の翌日より完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。
と述べ、被告らの抗弁事実はいずれも認めると述べ、再抗弁として、
一、(原告の本件土地使用の必要性)
1、原告は、昭和四一年三月長年勤めていた教職の地位を退き以来年金生活をしているところ現在の物価高で経済生活が非常に苦しくなつている。そこで生活費を補うために、原告の教科科目であつた美術を活かして本件土地上に絵画教室を開設することがどうしても必要であるが、そのためには本件土地は原告にとつて必要不可欠である。
なお本件土地は水戸市の中心街にあり絵画教室を開くのに最適の地である。
2、被告らはいずれも本件建物に実際居住することなく他所において生活しており、本件土地を使用収益する必要は全くない。
二、遅滞なき異議
1、借地法四条の更新請求に対する異議
(一) 原告は本件借地契約期間満了にあたり亡三郎に対し土地賃貸借解約申入ならびに土地賃貸借契約更新拒絶通知書と題する内容証明郵便(昭和四二年四月五日到達)をもつて本件借地契約満了後は契約更新を拒絶し本件土地明渡しを求める旨申し入れたが、右申し入れは亡三郎が更新請求権を行使することを予想してあらかじめなしたもので、有効な更新拒絶である。
(二) さらに、原告は請求原因一2(一)のとおり期間満了後の賃料の受領を拒絶することにより被告らの更新請求を遅滞なく拒絶している。
2 借地法六条の法定更新に対する異議
(一) 前記1(一)の申し入れは期間満了前ではあるが原告において本件借地権存続を欲しない意思が明確に表示されており、本条の異議としても有効である。
(二) 前記1(二)の地代受領拒絶も本条の異議として有効である。
(三) さらに、原告は昭和四四年一一月一三日付内容証明郵便で本件土地明渡請求をなし、契約の更新を拒絶すべく被告らの本件土地使用継続に対し反対の意思を表示し遅滞なく異議を述べている。
三、以上のとおり、原告は借地法四条および六条に従い正当な事由に基づき遅滞なく異議を述べているので、本件借地契約は、更新されることなく期間満了時である昭和四二年四月三〇日をもつて終了した。
と述べた。
被告ら訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、
一、請求原因一の事実中<以下―一部略>
と述べ、抗弁として、
一、被告武文は昭和四二年四月二六日亡三郎を代理し原告に対し、原告の明渡請求を拒絶することにより契約の更新を請求したものであり、本件土地上には本件建物が存するので、借地法四条により本件借地契約は更新された。
二、本件借地契約は同月三〇日をもつて期間満了となつたが、借地人たる亡三郎がひきつづき本件土地の使用を継続した結果、借地法六条により法定更新された。
と述べ、原告の再抗弁に対する答弁として、<以下―一部略>と述べた。
証拠関係<略>
理由
一まず建物収去・土地明渡等請求についての主位的請求につき判断する。
1、請求原因一、1、(一)、(二)の各事実および本件借地契約期間が昭和四二年四月三〇日に満了したことは当事者者間に争いがなく、これに対する抗弁一(借地法四条の更新請求)の事実もまた当事者間に争いがない。
2、そこで右抗弁に対する再抗弁について判断するに、原告が昭和四二年四月五日到達の内容証明郵便をもつて本件借地権者亡三郎に対し、同年四月三〇日の期間満了後は契約更新を拒絶するから本件土地を明渡すべき旨を予め通知し(これに対し被告武文が同年四月二六日亡三郎を代理して原告の右請求を拒絶したことは前記認定のとおりである)、さらに原告は期間満了後賃料の受領を拒絶していたことは当事者間に争いがないところ、右の如く地主が期間満了にあたり、借地人に対して賃貸している土地の明渡しを請求し、それに対し借地人から拒絶の意思表示がなされた場合には、地主が期間満了後の賃料受領を何らの理由を示さず拒絶したとしても、借地人の意思は明確に表現されているから、右拒絶をもつて借地人の更新請求に対する遅滞なき異議と解してさしつかえない。
ところで、原告・被告ら双方の本件土地使用の必要性その他の事情を検討してみるに、<証拠>を総合すれば、原告側の事情として、原告は本件借地契約締結当時美術担当の教職の地位にあり経済的に困窮していなかつたのであるが、恩師である訴外西野正吉の懇請に従い、やむなく本件土地を亡三郎に賃貸したこと、原告は昭和四一年三月教職の地位を退き、以来年金のみにより妻と二人の生計を維持しているが、生活は苦しく、別居している子供たちからの時折りの援助を必要とする状態であること、そこで生活費を補うため本件借地契約満了時ころには絵画教室を開設することを考えていたが、そのための場所として、本件土地は水戸市の中心に位置し最適であり、水戸市金町にある原告の住居では土地の広さ、環境などから適当でなく、また期間満了時ころは他に原告所有の土地は存しなかつたこと、ところで、原告は昭和四五年ごろから体の具合を悪くしたため、現在では本件土地で駐車場を経営して生活費を補いたいと考えるに至つたが、そのためにも本件土地は前同様最適であることが認められ、右事情によれば本件土地は原告のために必要なものと認められる。
これに対し被告ら側の事情として期間満了当時亡三郎および被告郁枝が実際本件建物で生活していたこと、被告郁枝は独身で他の被告らと異なり不動産を何ら所有していなかつたため、亡三郎の死後は本件建物の単独所有者となる旨被告らの合意があつたこと、さらに亡三郎の墓地は水戸市谷中にあることなどが認められることからすれば、被告ら側の必要性も十分酌むべきものがあるが、一方亡三郎の死後本件建物に常住する者は全くなく、ただ被告郁枝が東京と本件建物を半半の割合で往き来しているにすぎないこと、同被告の住民登録は東京都にあり、被告武文の経営する東京都所在の東洋運輸株式会社の非常勤取締役となり給料として一ケ月金二〇万円の収入を得ていることなどが認められ、右各事情を比較考量すれば、原告の本件土地使用の必要性は被告らのそれに比して大なるものがあるといわざるを得ない。
3、よつて、原告・被告ら(あるいは亡三郎)双方に他に特段の事情が認められない以上、原告は亡三郎の更新請求に対し、正当事由に基づき、遅滞なく異議を述べたものと認められるから、本件借地権は昭和四二年四月三〇日の期間満了をもつて消滅したことになる。
4、つぎに、抗弁二(借地法六条の法定更新)の事実は当事者間に争いがない。しかして、右抗弁に対する再抗弁について判断するに、前記2において認定したところによれば、原告は期間満了による本件借地権の消滅後被告らの本件土地の使用継続に対し正当な事由に基づき遅滞なく異議を述べたものというべきであるから、法定更新の効果は生じないこととなる。
5、それ故、原告の爾余の主張につき判断するまでもなく、被告らは原告に対し本件建物を収去して本件土地を明渡し、かつ期間満了の日の翌日である昭和四二年五月一日より昭和四九年六月三〇日まで八六ケ月分の賃料相当の損害金二二万一、八八〇円(一ケ月金二、五八〇円)および同年七月一日より右明渡ずみに至るまでの賃料相当の損害金(一ケ月につき金二、五八〇円)(原告が賃料相当の損害を蒙ることは経験則上十分推認される)を支払うべき義務があるから、この点についての原告の請求は正当として認容すべきものである。
二そこで、不当抗争に基づく損害賠償請求について判断するに<証拠>によれば、原告は被告らから任意に本件土地の明渡を受けられないため、昭和四六年五月水戸簡易裁判所に被告らを相手方として建物収去、土地明渡の調停申立をしたが、被告らが不出頭のため不調となつたことが認められるが(右調停申立および調停不調の点は当事者間に争いがない)、前記のとおり期間満了後の本件土地使用については被告ら側にも十分斟酌すべき必要性があつたのみならず、<証拠>によれば、被告らが右調停に出頭しなかつたのは、原告が強く土地明渡を求めるのみであつたので、調停に出頭しても到底話し合いの余地がないものと考えたが故であつたことが認められるから、これらの事実に照らすと、被告らの前記態度をもつてたやすく不当抗争とし、公序良俗に反する違法なものということはできず、従つて、この点に関する原告の請求は失当として棄却を免れない。
三よつて、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条但書、九三条一項本文を適用し(なお、仮執行宣言の申立については相当でないから却下する)、主文のとおり判決する。 (太田昭雄)
(別紙)物件目録<略>